教養・雑学
海の日はなぜ7月の第3月曜?
海の日は「7月20日」だと覚えていた人は、少なくないはずです。ところがカレンダーを見ると、年によって19日だったり18日だったり、日付が動いています。
海の日が動くようになったのは、そう昔のことではありません。もとは7月20日で固定されていた祝日が、ある制度をきっかけに「7月の第3月曜日」へと変わりました。始まりまでさかのぼると、150年前の一隻の船に行き着きます。
この記事でわかること
01「7月20日」から「第3月曜」へ動いた理由
海の日が日付固定でなくなったのは、2003年からです。祝日を特定の月曜日に移して連休をつくる「ハッピーマンデー制度」により、この年から海の日は、それまでの7月20日から「7月の第3月曜日」へ移されました。
ねらいは、土日と月曜をつなげて三連休をつくることでした。同じしくみで、成人の日や体育の日(現在のスポーツの日)も月曜へ移っています。日付そのものより、連休にして海や行楽に出かけやすくする。そちらを優先した結果、海の日は毎年少しずつ日付が動くようになりました。
移った時期には二段階あります。内閣府の資料によると、まず2000年に成人の日と体育の日が月曜へ移り、3年後の2003年に海の日と敬老の日が続きました。いまのカレンダーで月曜に固まっている祝日は、この二回の改正でそろったものです。
02始まりは、明治天皇の船旅だった
そもそも海の日は、なぜ7月20日だったのでしょうか。さかのぼると、1876年(明治9年)の出来事に行き着きます。
この年、明治天皇が東北地方を巡ったあと、灯台巡視船「明治丸」で青森から函館を経て、横浜港に帰り着きました。その日が7月20日でした。内閣府の広報記事でも、この日が海の日のもとになったと紹介されています。祝いの起点が、灯台を見回る実務の船だったところに、この祝日の穏やかさが出ています。
その明治丸は、いまも残っています。東京海洋大学の越中島キャンパス(東京都江東区)に保存され、1978年に国の重要文化財に指定されました。開館日には船内の見学もできます。150年前の夏に横浜へ帰り着いた船を、いまも同じ東京湾のそばで見られるということです。
03「海の記念日」から「国民の祝日」へ
7月20日は、まず祝日ではなく「記念日」として始まりました。1941年に「海の記念日」が定められ、海運や造船にたずさわる人たちが中心となって、海の恵みに感謝する日として続いてきました。
これが国民の祝日「海の日」になったのは、1996年のことです。四方を海に囲まれ、海の恩恵を受けてきた国として、あらためて祝日に格上げされました。記念日から数えれば半世紀以上、船が帰り着いた日から数えれば120年をへて、7月20日はようやく休みの日になりました。
海の日は、海で活躍した歴史ではなく、海に助けられてきたことへの感謝から生まれた祝日です。
042026年の海の日は、たまたま7月20日
第3月曜に動くようになったせいで、海の日はもとの7月20日から離れる年が多くなりました。2026年は、その第3月曜日がちょうど7月20日にあたります。もとの日付にぴたりと戻る、めずらしい年です。
7月のカレンダーで月曜をたどると、6日・13日・20日・27日と並びます。その3番目が20日。偶然ですが、明治丸が横浜に帰り着いた日と、今年の海の日は重なります。
日付の動きがいちばん大きかったのは2021年です。東京オリンピックの開会式に合わせる特例で、この年だけ海の日は7月22日の木曜に移されました。第3月曜から外れた、いまのところ唯一の海の日です。
05海に囲まれた国の、少し珍しい祝日
「海の日」という名前の国民の祝日を持つ国は、世界でもそう多くありません。四方を海に囲まれ、魚を食べ、船で物を運んできた国ならではの、海そのものに一日をあてる祝日です。
連休のために日付が動き、由来までさかのぼる人は少なくなったかもしれません。それでも、灯台を見回る船が帰り着いた夏の一日が、いまも7月のどこかに残っています。日付が動く祝日だからこそ、もとの一日と重なる年が、ときどきめぐってくる。今年の海の日は、その7月20日です。
本記事は海の日の由来と制度に関する一般的な解説を目的としたものです。記載内容は内閣府・日本海事広報協会・東京海洋大学の公表情報などをもとにした2026年7月時点の整理です。祝日の日付や制度は変更される場合があるため、最新情報は各機関の公式サイトをご確認ください。
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