教養・雑学
第1回ワールドカップ、出場国はどう決まった?
世界中の代表が集まるワールドカップですが、その第1回は少し意外な方法で出場国が決まりました。いまの予選制度を思い浮かべると、ちょっと驚くかもしれません。
1930年に開かれた第1回大会では、出場した13カ国はどのように選ばれたでしょうか。もっとも近いものを選んでください。
解説
予選なし、開催国と招待国による招集——それが第1回大会の仕組みでした。
1930年のウルグアイ大会には、いまのような出場権をかけて争う予選がまだ存在しませんでした。FIFAの公式記録によると、参加したのは開催国ウルグアイを含む13カ国。内訳は南米7カ国(アルゼンチン、ブラジル、ボリビア、チリ、パラグアイ、ペルー、ウルグアイ)、北米2カ国(アメリカ、メキシコ)、そして欧州4カ国(フランス、ベルギー、ルーマニア、ユーゴスラビア)とされています。
欧州勢の参加は難航しました。ヨーロッパから南米への船旅には2〜3週間を要するため、多くの国が遠征を見送りました。当時のFIFA会長ジュール・リメは早くも1920年のアントワープ五輪でW杯構想を提唱し、1928年のFIFA議会でようやく開催が決議されます。欧州各国への粘り強い働きかけによって、最終的にフランス、ベルギー、ルーマニア、ユーゴスラビアの4カ国が同じ船に乗って大西洋を渡りました。大会2か月前に参加が確定し、全員が同じ船でモンテビデオに到着したとされています。
決勝ではウルグアイがアルゼンチンを4対2で下し、初代王者となりました。優勝トロフィーが後に「ジュール・リメ杯」と呼ばれたのも、その功績をたたえてのことです。予選制度が初めて導入されたのは次の1934年イタリア大会から。参加希望国が増えるにつれて段階的に整備され、現在は6つの大陸連盟ごとに出場枠を争う仕組みへと発展しました。
開催国や枠の話が出たとき、「もとは招待制だった」という事実を添えると、会話のネタとして使いやすい一つです。大会が4年に1回である理由については、関連コラム「ワールドカップはなぜ4年に1回?」もあわせてどうぞ。