心理学
なぜW杯になると“にわか”でも夢中になれる?──応援と一体感の心理
ふだんはサッカーの試合をほとんど見ないのに、ワールドカップが始まると、気づけばテレビの前で声を上げている──そんな自分に、少し戸惑ったことはないでしょうか。
選手の名前もよく知らないのに、なぜこんなに胸が熱くなるのか。その不思議の正体を、心理学の言葉でゆっくりほどいてみます。
この記事でわかること
01「にわか」でも、夢中になっていい
「にわかファン」という言葉には、どこか後ろめたい響きがあります。ふだん見ていないのに盛り上がっていいのだろうか、と肩身がせまく感じる人もいるかもしれません。
けれど、楽しむのに資格はいりません。細かい戦術やルールを知らなくても、ボールの行方に一喜一憂できるのは、人の心がもともと「集団の物語」に乗りやすくできているからだと考えられています。にわかであることは、夢中になれない理由にはならないのです。
むしろ、熱量の高まりやすさという点では、知識量より「その大会に今、世界が注目している」という感覚のほうが強く働くとされています。初めて見る試合で息をのむのは、ルールの理解度とはまた別の反応です。
02「勝った」と自分まで誇らしくなるわけ
応援していると、選手が決めたゴールなのに、まるで自分が成し遂げたかのように誇らしくなることがあります。この心の動きは「栄光浴(えいこうよく/BIRGing:Basking In Reflected Glory)」と呼ばれています。
社会心理学者のロバート・チャルディーニらが1976年に報告した研究があります。大学のアメリカンフットボールのチームが勝った翌日は、学生が自校のロゴ入りの服を着る割合が増え、勝った試合は「僕たちが勝った」、負けた試合は「あいつらが負けた」と表現しやすくなる傾向が見られたといいます。自分はその試合に出ていないのに、です。
逆方向の動きもあります。自分が結びついていると感じていたチームが大敗したとき、そのチームとの距離を無意識にとろうとする傾向は「CORFing(コーフィング/Cutting Off Reflected Failure)」と呼ばれ、社会心理学者スナイダーらの研究(1986年)で名づけられました。「にわかファンは、負けたら冷める」という声は、この反応をざっくり言い表したものかもしれません。
応援の高揚は、その競技にどれだけ詳しいかではなく、勝ったチームを「自分の側」と感じられるかどうかから生まれやすい、とされています。
03まわりの歓声が、自分の気持ちを動かす
パブリックビューイングや、人の集まる部屋で観戦していると、まわりが沸いた瞬間に自分まで興奮してくる。あの感覚にも、名前があります。
人の表情や声、その場の熱気は、知らないうちに周囲へ伝わっていくとされ、「情動伝染(じょうどうでんせん/Emotional Contagion)」と呼ばれます。心理学者のエレイン・ハットフィールドらの研究では、人は他者の表情をほぼ無意識に模倣し、それに伴って似た感情が生まれやすくなると報告されています。隣の人が拳を握りしめていると、自分の体も自然と力が入る。あの感覚は、偶然ではないようです。
さらに、こうした伝染は意識しなくても起きやすいとされています。一人で静かに見るより、誰かと一緒に見るほうが気持ちが大きく動きやすいのは、このためだと説明されることがあります。にわかかどうかは、ここではあまり関係がありません。その場にいること、ただそれだけで、感情は動き始めます。
04勝ち負けで機嫌が変わるのは、なぜ
勝てば一日じゅう機嫌がよく、負けると妙に落ち込む。他人の試合のはずなのに、と思うほど気分を左右されることがあります。
人は、自分が属していると感じる集団を、自分自身の一部のように扱うところがあるとされています。これを「社会的アイデンティティ理論」といい、社会心理学者のアンリ・タジフェルとジョン・ターナーが1970〜80年代にわたって体系化しました。人は「自分は何者か」を考えるとき、国籍・職業・チームへの帰属感など、複数の集団のなかに自分を置きながら考えるとされています。
「日本代表」を自分のチームと感じた瞬間、その勝ち負けは、少しだけ自分の出来事になります。内集団(自分が属すると感じる側)の成功は自己評価を高め、失敗は自己評価を揺さぶることがある、というのがこの理論の核のひとつです。だから、試合に出てもいないのに「悔しい」と感じるのは、感情のずれではなく、帰属感が生み出す、ごく自然な反応だといえます。
05応援で傷つくことがある理由
W杯の応援は高揚だけではありません。負けた翌日、理由のわからない疲れや落ち込みが残ることがあります。
これも、社会的アイデンティティ理論から説明できます。内集団の失敗が自己評価に影響するとすれば、深く感情移入しているほど、敗戦のダメージも大きくなりやすいということです。「たかが試合」と思おうとしても気持ちが整理されないのは、意志の問題というより、帰属感のはたらきによるものとも考えられています。
もっとも、心の重さが何日も続いたり、日常に支障が出るほどになったりする場合は、スポーツ観戦とは別の要因が絡んでいることもあります。気になるときは、かかりつけ医や相談窓口に話してみることもひとつの選択肢です。
064年に一度、同じ方を向ける時間
「にわかだから」と一歩引くより、その高揚を素直に味わうほうが、4年に一度しか巡ってこない時間はずっと豊かになります。詳しくないことは、楽しめない理由にはなりません。
ここまで挙げた心理は、どれも「同じ方を向いている」という感覚への反応です。ワールドカップが世界中の人を動かすのは、競技の魅力だけでなく、その一体感をつくる仕組みが、私たちの心の奥にもともと備わっているからかもしれません。
ちなみに、その大会がなぜ4年に一度なのかは、「ワールドカップの開催間隔はなぜ4年?」でたどっています。4年に一度しかないことも、あの熱の理由のひとつなのだと思います。
本記事は応援にまつわる心理の一般的な解説を目的としたものです。引用した知見は、ロバート・チャルディーニらの研究(1976年)、スナイダーらのCORFingに関する研究(1986年)、アンリ・タジフェルとジョン・ターナーの社会的アイデンティティ理論、エレイン・ハットフィールドらの情動伝染に関する研究など、心理学で広く知られた考え方をもとにした2026年6月時点の整理です。心の働きには個人差があり、ここで挙げた説明がすべての人に当てはまるわけではありません。
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