心理学
PK戦の名手はなぜ外す? 11メートルの心理学
延長戦が終わると、選手たちはセンターサークルに集まり、肩を組んで並びます。順番が来た選手だけが列を離れ、ゴールまでのおよそ11メートルをひとりで歩いていく。テレビの前で見ているだけの側まで、心拍が上がってくる時間です。
プロなら、練習のPKをめったに外しません。その同じ選手たちが、主要な国際大会のPK戦366本を調べた研究では、73.8%しか決めていませんでした。およそ4本に1本は外れている計算です。何がその差をつくるのかを、心理学はかなり具体的なところまで突き止めています。
この記事でわかること
01笛を待てない選手から、外していく
ノルウェースポーツ科学大学の心理学者ゲイル・ヨルデットらは、ワールドカップなど主要大会のPK戦の映像を集め、キッカーの動きを1本ずつ計測しました。目をつけたのは、ボールの行方ではなく、蹴るまでの時間です。
審判の笛が鳴った瞬間に助走へ飛び出す選手は、いかにも思い切りがよく見えます。実際の成功率は逆でした。笛への反応が速い選手ほど外しやすく、ほんの一瞬でも間を置いた選手のほうが、よく決めていたのです。
研究チームはこれを、緊張の場から「早く逃れたい」気持ちの表れと読んでいます。スポットの上に立ち続けるより、走り出してしまうほうが楽。その一瞬の楽が、成功率を削っていました。
02「うまい選手」ではなく「有名な選手」が外す
誰が外しやすいのかを調べた結果は、もっと意外です。ヨルデットが国際大会のキッカーを「国際的な賞をすでに受賞した選手」「のちに受賞することになる選手」「受賞歴のない選手」に分けて比べたところ、成功率がいちばん低かったのは、すでに賞を手にしたスターたちでした。受賞済みの選手が65.0%、のちに受賞する選手(その時点ではまだ名前の知られていない選手)は88.9%です。
同じ大会のピッチに立つ以上、技量に大きな差はありません。違うのは、背負っているものです。名前が知られるほど「決めて当然」と見られ、外したときに失うものが大きくなる。積み上げた実績は、この場面に限っては重りに変わります。
03同じ11メートルでも、重さが違う
一本ごとの状況も、成功率をはっきり動かします。ヨルデットらが36のPK戦・359本を場面ごとに分けて数えると、「決めればその瞬間に勝ち」というキックは92%決まっていました。「外せばその瞬間に負け」というキックは62%。同じ距離、同じボールです。
成功率を分けていたのは蹴る技術ではなく、その一本が背負わされた意味のほうでした。
勝ちに向かうキックは、決めた自分を思い描きながら蹴れます。負けを避けるキックは、外した自分がちらつきます。頭に浮かぶ絵が変わるだけで、同じ11メートルの体感がここまで変わります。
04キーパーはなぜ、跳ばずにいられないのか
プレッシャーに動かされているのは、蹴る側だけではありません。イスラエル・ベングリオン大学の研究チームが各国トップリーグなどのPK286本を分析したところ、キックのおよそ3割はゴール中央付近に飛んでいました。キーパーが中央に残った場合に止めた割合は33.3%、左右へ跳んだ場合は13.4%。数字の上では、真ん中に立ったままのほうが分がいいのです。
ところが、実際に中央へ残ったキーパーは全体のわずか6.3%でした。93.7%は、左右どちらかへ跳んでいます。
跳んで届かなければ「読みが外れた」で済みますが、真ん中に立ったまま決められると「何もしなかった」ように見えてしまいます。同じ失点でも、動かなかったほうの後悔が重いのです。研究チームはこの偏りを「行動バイアス」と名づけました。じっと待つのも立派な選択のはずなのに、何かしていないと落ち着かない。ゴールマウスの中でも、心は同じように働いています。
05ボールの行方より、少し手前を見る
PK戦は、よく「運」や「くじ引き」にたとえられます。ここまでの数字は、そのたとえに収まりきりません。笛を待てるか? 名声の重さに耐えられるか? 「外せば負け」の一本で、外れる想像を追い払えるか? 運の勝負に見える11メートルには、心の勝負が折りたたまれています。
次にPK戦を見るときは、ボールの行方より少し手前——笛が鳴ってから走り出すまでの間に、目を留めてみてください。ゆっくり歩いてボールをスポットに置き、ひと呼吸おいてから蹴る選手。その静かな数秒が、いちばんの見どころです。
本記事はPK戦にまつわる心理の一般的な解説を目的としたものです。引用した数値は、ノルウェースポーツ科学大学のゲイル・ヨルデットらによる国際大会のPK戦の分析(2008年・2009年)、イスラエル・ベングリオン大学の研究チームによるゴールキーパーの行動分析(2007年)をもとにした2026年7月時点の整理です。心の働きには個人差があり、ここで挙げた説明がすべての場面に当てはまるわけではありません。
よくある質問
- PK戦の成功率はどれくらいですか?
- ワールドカップなど主要国際大会のPK戦366本を対象にした分析では、73.8%が成功しています。状況による差も大きく、別の分析(36のPK戦・359本)では、決めればその瞬間に勝ちが決まるキックは92%、外せば負けが決まるキックは62%という結果が報告されています。
- なぜ一流選手でもPK戦で外すのですか?
- 技術の不足よりも、重圧の影響が大きいと考えられています。審判の笛が鳴ってすぐ蹴りに走る選手ほど成功率が低いこと、国際的な賞をすでに受賞したスター選手のほうが、のちに受賞する選手より成功率が低かったこと(65.0%対88.9%)などが、国際大会の映像分析で示されています。
- キーパーはなぜ真ん中に残らず左右へ跳ぶのですか?
- PKのおよそ3割は中央付近に飛ぶため、統計の上では中央に残るほうが止めやすい(中央33.3%、左右へ跳ぶと13.4%)のですが、実際に中央に残ったのは全体の6.3%でした。跳ばずに決められたときの「何もしなかった」という後悔を避けたい心理が働くためとされ、行動バイアスと呼ばれています。
出典
- Jordet, G. (2009)「When Superstars Flop」Journal of Applied Sport Psychology, 21(2)
- Jordet & Hartman (2008)「Avoidance Motivation and Choking under Pressure in Soccer Penalty Shootouts」Journal of Sport and Exercise Psychology, 30(4)
- Jordet, Hartman & Sigmundstad (2009)「Temporal links to performing under pressure in international soccer penalty shootouts」Psychology of Sport and Exercise, 10(6)
- Bar-Eli et al. (2007)「Action bias among elite soccer goalkeepers: The case of penalty kicks」Journal of Economic Psychology, 28(5)
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