心理学
花火はなぜ最後に一気に上がる?──ピークエンドの法則
花火大会の帰り道、どの花火がいちばん心に残っていますか。途中の一発一発を細かく思い出す人は、そう多くないはずです。たいてい記憶に残るのは、最後に空を埋めつくすように一気に上がった、あの数十秒ではないでしょうか。
長い時間ながめていたのに、覚えているのは終わり近くのごく一部。思い返してみると、ずいぶん偏った配分です。
01覚えているのは、たいてい「終わり」
2時間の花火大会を見たあと、頭に残っているのは、いちばん大きく見えた一発と、最後のフィナーレあたりに集まりがちです。序盤の花火も同じ夜空に上がっていたはずなのに、輪郭はぼやけています。
旅行でも食事でも、似たことが起きます。長く続いた時間そのものより、途中でいちばん盛り上がった場面と、どう終わったかが、あとの印象を決める。花火大会は、この偏りがとてもわかりやすく出る体験です。
02ピークエンドの法則という名前
この偏りには名前があります。心理学でいう「ピークエンドの法則」です。人はある経験を思い出すとき、その全体をならして評価するのではなく、いちばん強く感じた瞬間(ピーク)と、終わりぎわ(エンド)の印象で、体験全体の良し悪しを決めやすい、という考え方です。
提唱者の一人が、行動経済学で知られる心理学者ダニエル・カーネマンです。冷たい水に手をつける実験や、医療検査の記憶を調べた研究で、人の記憶がこの二点に大きく引っぱられることが示されたとされています。
その冷たい水の実験は、こんな内容です。参加者は、14℃の水に手を60秒つける試行と、同じ60秒のあとに水温をわずかに上げた30秒が追加される試行の両方を経験します。不快な時間の合計は後者のほうが長いのに、もう一度やるならどちらかと聞かれると、大多数が長いほうを選びました。終わりぎわが少しましだっただけで、記憶の中では「あちらのほうが楽だった」ことになっていたわけです。
03長さより、山と終わりで覚える
興味深いのは、つらさや快さの「長さ」が、記憶にはあまり効かないとされる点です。同じ不快な時間でも、終わりぎわが少しましだったほうを、人は「まだ楽だった」と記憶することがある、と報告されています。
時間の合計ではなく、山の高さと終わり方。人の記憶は、いちばん高いところと、終わりぎわを、とりわけ強く覚えているようです。だから、途中がどれだけ長くても、終わりの数十秒がその日の印象を大きく左右します。
医療の現場でも、同じことが確かめられています。カーネマンらが大腸内視鏡検査を受けた患者154人の痛みをその場で記録し、後日の記憶と照らし合わせたところ、記憶に残った痛みの強さと結びついていたのは、ピーク時と最後の3分間の痛みでした。検査そのものが長かったかどうかは、記憶にほとんど影響していなかったと報告されています。
04花火が最後に畳みかける理由
多くの花火大会は、終盤に「スターマイン」と呼ばれる連続打ち上げを一気に見せ、空を埋めつくして締めくくります。たとえば、なにわ淀川花火大会の公式プログラムは、最終シーンについて水中花火まで盛り込んで「なにわの空を花火で埋め尽くします」と予告しています。演出の意図をピークエンドの法則だけで説明することはできませんが、この構成が、見た人の記憶に強く残る終わり方になっているのは確かです。
もし最後の一発が、ぽつんと小さな花火で終わっていたら、同じ大会でも「なんだか尻すぼみだった」と記憶されたかもしれません。いちばん派手なところを最後に置く。それは、その夜全体を「よかった」と思って帰ってもらうための、理にかなった並べ方だと言えます。
05終わり方が、その日の印象を決める
花火大会は、長さで勝負していません。最後の数十秒に山を持ってきて、そこで記憶をつかむ。あの畳みかけは、その夜全体の印象を左右する、いちばん大事な数十秒です。
同じことは、花火以外の場面にも顔を出します。長かった一日をあとで思い返すと、残っているのは別れぎわのひとことと、いちばん笑った瞬間くらいだったりします。細かい経過よりも、山と終わり。花火のフィナーレは、その記憶の偏りが、夏の夜に目に見える形になった一例です。
本記事は心理学の一般的な考え方を紹介したものです。実験や効果の解釈には諸説があり、あらゆる場面に同じように当てはまるものではありません。気分の落ち込みが続くなど気になる状態があるときは、公的な相談窓口や医療機関への相談も選択肢にしてください。
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