自己理解・性格診断
『嫌われる勇気』の誤読3つ──大人が読み直して気づくアドラー心理学の本質
『嫌われる勇気』を、若い頃に一度は読んだ──そんな人は多いのではないでしょうか。アドラー心理学を対話形式で紹介したベストセラーで、出版から10年以上が経った今も、書店の棚にずっと残っています。
当時は「課題の分離」や「人生の意味は自分が決める」というフレーズに胸を打たれた。けれど、時間が経って読み直すと、「あの頃の自分、ちょっと違う読み方をしていたかも」と気づく箇所が少なくありません。強い言葉ほど、状況や年齢によって受け取り方が変わるものです。大人になってから気づきやすい、3つの誤読を整理してみます。
この記事でわかること
01『嫌われる勇気』が描いているもの
『嫌われる勇気』は、岸見一郎・古賀史健の共著で、2013年12月にダイヤモンド社から出版されました。哲人と青年の対話を通じて、アドラー心理学の考え方をわかりやすく示した一冊です。アドラー心理学とは、オーストリア出身の精神科医アルフレッド・アドラー(1870〜1937年)が提唱した心理学の考え方で、本書はその思想を現代の悩みに引きつけて読み解いています。
本の中心にあるのは、「人は変われる」「人生の意味は自分で決める」「対人関係の悩みは課題の分離で解ける」など、強いインパクトを残すフレーズの数々。それらに励まされた人も、揺さぶられた人も多いはずです。日本では発行部数が累計で数百万部に達したとされ、シリーズ続編の『幸せになる勇気』も刊行されました。それだけ多くの人の手に渡った本だからこそ、フレーズだけが独り歩きしやすいともいえます。
ただ、強いフレーズほど、文脈を切り離して持ち帰ると、本来とは違う形に変わってしまうことがあります。SNSなどで切り取られた一文だけが広まると、その傾向はさらに強まります。それが、これから紹介する3つの誤読です。
02誤読1:「嫌われる勇気」=「人にどう思われてもいい」
タイトルから受ける第一印象は、「他人の目を気にしないで生きていい」というメッセージかもしれません。けれど、本書が言っているのは「他人を無視しろ」ではありません。
本文には、「他者を信頼し、貢献する」という共同体感覚(人とのつながりのなかに自分の居場所を感じる感覚)の話が大きく置かれています。つまり、嫌われる勇気とは、「他人とのつながりを切り捨てる勇気」ではなく、「他人とつながる過程で、嫌われる可能性を引き受ける勇気」です。アドラー心理学では、人の幸福は対人関係のなかにあるとされていて、関係を断つことそのものは目的ではありません。
「嫌われる勇気」は、孤独を選ぶ勇気ではなく、関係に踏み出す勇気のことです。
このニュアンスを取り違えると、「他人なんて関係ない」というモードに入ってしまい、書名と正反対の方向に進んでしまうことがあります。たとえば、職場で「自分は嫌われてもいい」と振る舞ううちに、必要な相談まで避けてしまう。それは勇気というより、関係からの撤退に近いのかもしれません。本書が描くのは、嫌われるかもしれないと知りながら、それでも自分の考えを誰かに差し出してみる、その一歩のほうだといえそうです。
03誤読2:「課題の分離」=「相手のことは考えなくていい」
「課題の分離」は、本書のなかでも特に印象的な概念のひとつ。「これは自分の課題か、相手の課題か」を見極めて、自分の領域に集中する考え方です。本書では、「その選択の結果を最終的に引き受けるのは誰か」をひとつの目安にすると説明されています。
これを「相手のことは考えなくていい」と読み替えてしまうと、関係はギスギスしてきます。実際には、課題の分離は「相手をコントロールしない」ためのもので、「相手を尊重する」ためのレンズに近いものです。線を引くのは、突き放すためではなく、相手を一人の人として信じるためだ、という向きで語られています。
たとえば、友人が落ち込んでいるとき、無理に元気にしようとするのは、相手の課題に踏み込みすぎている状態。課題の分離が言っているのは、「あなたの落ち込みを尊重する。私はそばにいる」という距離の取り方です。突き放すのではなく、踏み込みすぎないこと、というほうが正確です。
子どもの勉強も似た例として挙げられます。勉強するかどうかは最終的に本人の課題ですが、それは「放っておけばいい」ではなく、「いつでも手伝える」と伝えながら、選ぶ余地を残しておくこと。分離というと冷たく聞こえますが、実際には「信頼して待つ」に近い態度なのかもしれません。線を引いたうえで、その線の手前まではちゃんと関わる。そのバランスこそが、本来の課題の分離だと読めます。
04誤読3:「人生の意味は自分で決める」=「自己責任で全部背負う」
3つ目の誤読は、「人生の意味は自分で決める」というフレーズです。当時の自分は、これを「全部自分の責任で生きるべし」というメッセージとして受け取っていたかもしれません。
けれど、本書は「すべての結果はあなたの責任」と言っているわけではありません。むしろ、「過去や環境に縛られて生きる必要はない」「これからの選択は、自分が握っている」という、希望のメッセージとして語られています。アドラー心理学には、過去の出来事が今を決めるのではなく、今の目的が行動を方向づける、という見方(目的論と呼ばれることがあります)があり、このフレーズもその文脈に置かれています。
大事なのは、責任の重さではなく、選択の自由のほう。「全部自分のせいだから頑張らないと」ではなく、「過去に縛られなくていい、これから選び直していい」と読むほうが、本来の文脈に近いように思います。
誤読のまま受け取ると、うまくいかないことまで「自分の努力不足」と抱え込み、かえって動けなくなることがあります。けれど、自分で意味を決められるということは、つらい状況の意味づけも変えていける、という余地でもあります。背負わせる言葉ではなく、肩の力を抜かせる言葉として読み直すと、印象がずいぶん変わってくるはずです。
05時間が経ってから読むほうが、深く届く本がある
『嫌われる勇気』のように、強いフレーズが多い本は、若い頃に読むと「励まし」として響き、時間が経って読み直すと「対話相手」として響く性質があります。
同じ本を、人生の違う場所で読み直すと、まったく違う場所に下線が引かれる。それは、本が変わったのではなく、自分の読み方が変わった証拠です。20代で「自由」に線を引いた人が、40代では「貢献」や「待つこと」に線を引く──そんなふうに、読み手の経験が、本の重心をずらしていきます。
強いフレーズに「そう、そうだよね」と頷くだけでなく、「これって本当はどういう意味だったんだろう」と立ち止まれる読み方ができたら、同じ本でも、読む時期が変わると、まったく別の言葉として届くことがあります。すぐに飲み込まず、引っかかった一文を一度自分の生活に当ててみる。その手間が、誤読をほどく入り口になるのかもしれません。
心の不調が続いてつらいときは、ひとりで抱え込まず、専門の窓口に相談してみてください。厚生労働省の相談窓口情報や、こころの健康相談統一ダイヤル(0570-064-556)などを利用できます。
出典
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