自己理解
『嫌われる勇気』の誤読3つ──大人が読み直して気づくアドラー心理学の本質
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『嫌われる勇気』を、若い頃に一度は読んだ──そんな人は多いのではないでしょうか。アドラー心理学を対話形式で紹介したベストセラーで、出版から10年以上が経った今も、書店の棚にずっと残っています。
当時は「課題の分離」や「人生の意味は自分が決める」というフレーズに胸を打たれた。けれど、時間が経って読み直すと、「あの頃の自分、ちょっと違う読み方をしていたかも」と気づく箇所が少なくありません。大人になってから気づきやすい、3つの誤読を整理してみます。
この記事でわかること
01『嫌われる勇気』が描いているもの
『嫌われる勇気』は、岸見一郎・古賀史健の共著で、2013年12月にダイヤモンド社から出版されました。哲人と青年の対話を通じて、アドラー心理学の考え方をわかりやすく示した一冊です。
本の中心にあるのは、「人は変われる」「人生の意味は自分で決める」「対人関係の悩みは課題の分離で解ける」など、強いインパクトを残すフレーズの数々。それらに励まされた人も、揺さぶられた人も多いはずです。
ただ、強いフレーズほど、文脈を切り離して持ち帰ると、本来とは違う形に変わってしまうことがあります。それが、これから紹介する3つの誤読です。
02誤読1: 「嫌われる勇気」=「人にどう思われてもいい」
タイトルから受ける第一印象は、「他人の目を気にしないで生きていい」というメッセージかもしれません。けれど、本書が言っているのは「他人を無視しろ」ではありません。
本文には、「他者を信頼し、貢献する」という章が大きく置かれています。つまり、嫌われる勇気とは、「他人とのつながりを切り捨てる勇気」ではなく、「他人とつながる過程で、嫌われる可能性を引き受ける勇気」です。
「嫌われる勇気」は、孤独を選ぶ勇気ではなく、関係に踏み出す勇気のことです。
このニュアンスを取り違えると、「他人なんて関係ない」というモードに入ってしまい、書名と正反対の方向に進んでしまうことがあります。
03誤読2: 「課題の分離」=「相手のことは考えなくていい」
「課題の分離」は、本書のなかでも特に印象的な概念のひとつ。「これは自分の課題か、相手の課題か」を見極めて、自分の領域に集中する考え方です。
これを「相手のことは考えなくていい」と読み替えてしまうと、関係はギスギスしてきます。実際には、課題の分離は「相手をコントロールしない」ためのもので、「相手を尊重する」ためのレンズに近いものです。
たとえば、友人が落ち込んでいるとき、無理に元気にしようとするのは、相手の課題に踏み込みすぎている状態。課題の分離が言っているのは、「あなたの落ち込みを尊重する。私はそばにいる」という距離の取り方です。突き放すのではなく、踏み込みすぎないこと、というほうが正確です。
04誤読3: 「人生の意味は自分で決める」=「自己責任で全部背負う」
3つ目の誤読は、「人生の意味は自分で決める」というフレーズです。当時の自分は、これを「全部自分の責任で生きるべし」というメッセージとして受け取っていたかもしれません。
けれど、本書は「すべての結果はあなたの責任」と言っているわけではありません。むしろ、「過去や環境に縛られて生きる必要はない」「これからの選択は、自分が握っている」という、希望のメッセージとして語られています。
大事なのは、責任の重さではなく、選択の自由のほう。「全部自分のせいだから頑張らないと」ではなく、「過去に縛られなくていい、これから選び直していい」と読むほうが、本来の文脈に近いように思います。
05時間が経ってから読むほうが、深く届く本がある
『嫌われる勇気』のように、強いフレーズが多い本は、若い頃に読むと「励まし」として響き、時間が経って読み直すと「対話相手」として響く性質があります。
同じ本を、人生の違う場所で読み直すと、まったく違う場所に下線が引かれる。それは、本が変わったのではなく、自分の読み方が変わった証拠です。
強いフレーズに「そう、そうだよね」と頷くだけでなく、「これって本当はどういう意味だったんだろう」と立ち止まれる読み方ができたら、同じ本でも、読む時期が変わると、まったく別の言葉として届くことがあります。書店で見かけたら、もう一度手に取ってみる価値のある一冊です。
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嫌われる勇気 自己啓発の源流「アドラー」の教え [ 岸見 一郎 ] 価格:1760円 |